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ついに出産…モラハラ夫が父親になる瞬間

陣痛の兆候

その後も、元主人とは相変わらずの連絡の取り方で、私の寂しさと不安は解消される事はありませんでした。両親の元にいたからなんとかなっていたものの、良い精神状態とは言えませんでした。

そんな中でも赤ちゃんは元気に育ってくれ、あっという間に出産予定日が近づいていました。私は、毎日1時間の散歩をしていました。

そして出産予定日当日、いつものように散歩をして帰宅すると、何かツーンとする痛みがたまにありました。なんだろうくらいにしか思わなかったのですが、そのうちにおしるしが来たので、これは陣痛なんだと気付きました。

本格的な陣痛

夜になると本格的な陣痛になり、転院先の産婦人科へ連絡して、入院となりました。寝ていても辛くて気持ちが折れそうになりました。

この時看護師さんからは、
「初産だし、一晩またぐ可能性が高いので、ご両親には一度帰ってもらった方が良いかな。」
と言われ、両親は帰宅しました。元主人には、痛みに耐えながら、明日には産まれるかもと電話で伝えました。

その時も、「マジか」や「大丈夫かよ」などぼやくだけで、励ましの言葉や気の利いた言葉はありませんでした。痛みに耐えるのに必死だったので、その時はなんとも思いませんでしたが、今考えると本当にあり得ない男だと思います。

この時の陣痛が1番辛かったです。両親も帰ってしまったので、腰をさすったり、水分補給など誰も介助してくれる人がいなく、1人で陣痛を乗り切りました。「なんで旦那がいないんだ、なんで私1人で耐えているんだろう」と心の中で思い、泣いてしまいました。

ついにその時がきた!

看護師さんは半日かかると言いましたが、急に子宮口が開き始めてしまったので、急遽分娩室へ移動になりました。看護師さんはすごく慌てていました。

分娩台の上に乗り、色々な処置をされてる間に看護師さんが、
「もうすぐで赤ちゃん産まれるから、呼ぶなら今ここでご両親に電話して大丈夫よ!電話する事が出来ないようなら病院から掛けるけど、ご両親呼ぶ?!」
と聞かれ、痛みに耐え続けている私は
「呼ぶー!!!」
とだけ言いました。
もう普通に話す事は出来ませんでした。

元主人にその状態で電話し、
「もう、産まれるから!!!」
と、それだけ言って、一方的に切りました。その後、バタバタと両親が駆け付け、分娩室の前で待っていました。産まれるギリギリでした。

そしてその瞬間、産ぶ声と同時に待望の第1児が産まれました。午前3時7分、2700グラムの男の子です。入院から約3時間のスピード出産でした。私は痛みから解放され、放心状態でした。しかし赤ちゃんを見た時、本当に可愛くて小さくて、温かくて、やっと会えたの思いで泣きました。

すぐに元主人にテレビ電話をして、産まれた報告をしました。元主人は、
「マジか!良くやった!」
と言い、赤ちゃんを見せると、私が話す事に相づちを返すくらいで、特に劇的な感動や労いの言葉はありませんでした。

両親は、赤ちゃんを抱っこしてもう目尻が下がりっぱなしでした。
「もう間に合わないかと思ったよ〜!こんなに急に進むなんて・・・丁度寝てしまうところだったから、寝てなくて良かったわ〜」と、笑っていました。

こんな深夜にも関わらず、必死になって駆け付けてくれた両親に心から感謝しました。
我が子が隣で寝ている事がまだ信じられなくて、でも本当に愛らしくて、産まれてきてくれてありがとうと言いました。
この日は我が子をずっと見ていたり、触れたりして、朝方になってから1時間ほど仮眠を取りました。ここから私は母親になりました。

そして、出産時でさえ感情を表に出さず気の利いた言葉も掛けなかった男も、父親になりました。

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