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実家両親へ紹介、挨拶
若気の至り
今思えば、常に相手の顔色、機嫌を伺いながら同棲生活を送っていたと思います。彼の理不尽な言動や態度もありました。
「え、このタイミングで怒るんだ・・」と困惑し、相手に合わせながらの生活でした。
言いたい事も、反論したい事も自分の中で消化していました。しかしこの頃はまだ彼に愛情表現があったり、人間味があったり、理不尽な事は数回で毎日では無かったので気付いていませんでした。喧嘩しないカップルなんていない、不満は誰にでもある。それよりも、彼が大好きと恋愛に浸っていた自分がいました。
彼は、「結婚もしたいし、北海道の親御さんにも1度挨拶に行かなきゃな!お金を貯めて北海道に行こう!」とも言っていました。結婚を早くしたかった私は、もう彼以外考えられないと思っていました。愚かでした。
両親への思いと隠し事
そんなこんなで彼とお付き合いして1年たった頃、お金も貯まり、私の実家へ挨拶に行く事になりました。
私は一人っ子で女という事もあり、両親にはわりと厳しく育てられました。若い頃はそれが煩わしくて父とは折り合いがつかず、母が板挟みになりかなり苦痛だったと思います。
上京する事も最初は許してくれませんでした。しかしあの頃の私は何が何でも自分の意見を曲げない反抗娘だったので、最終的には両親は許してくれました。あの時にきちんと両親の言う事を聞いていれば・・・両親の愛情を煩わしいと感じ避けていたあの頃の自分を悔やみます。
そんな両親に彼を会わせる事に一つ抵抗がありました。「タトゥー」です。彼には左肩にヘビのタトゥーがありました。高校卒業してすぐに入れたものだそうです。彼の弟も入っています。
出会った当初から入っている事を聞かされていました。「タトゥーを嫌う女性もいて、以前それが原因で付き合う事が出来なかったんだけど、それは大丈夫?」とお付き合いをする前に言われましたが、若気の至りでしょうか。男を見る目が無かったんだと思いますが、「全然大丈夫だよ!私は気にしないから心配しないでね!」なんて思っていました。
実家は北海道だし、私と彼は横浜に住んでるし、そうそう会う機会も無い。隠し通せるから心配ないと思っていました。ただその反面、挨拶に行ってお風呂上がりとか大丈夫かな・・Tシャツから見えないかな・・とハラハラしていました。
流石の両親もタトゥーの入ってる男性とのお付き合いや結婚なんて許すわけが無いとわかっていたので、彼にタトゥーの事は絶対に隠して欲しいし、黙っていて欲しいと伝えました。本人もタトゥーが世間では非常識な事とはわかっていたので、それには応じてくれ、約束しました。
ただ本当にこの頃の私は考えが浅はかだったので、そこまでタトゥーに関しても抵抗が無かったのは事実でしたし、それよりも大好きな彼を両親に紹介出来る事の方が嬉しくてたまりませんでした。両親に行く日取りを伝えると、快く受けてくれ、盛大におもてなししないと!と張り切っていました。
元主人(モラハラ夫)の対応は好感度抜群!いざ、結婚へ…
実際に挨拶に行くと、彼の律儀で大人な対応が炸裂していました。好感度間違いなしの対応でした。その日の晩はご馳走を用意してくれ、父も晩酌が進んで上機嫌でした。
ただ、前回のお酒での一件があったので、父にはお酒は絶対に彼に進めないで!と釘を刺していました。が、まぁまぁ一杯くらいと進めてしまい、私の頭の中は動揺していました。勿論私は一滴も飲みませんでした。
その後に彼に謝りましたが、「付き合いなんだからしょうがない事でしょ。大丈夫だよ。」と不機嫌にはなっていませんでしたし、何より和気あいあいと家族団欒を過ごせてほっとしました。
あっという間に挨拶旅行も終わり、タトゥーもバレずに済み、帰る日当日。父と母が改まって「ちょっとここに座って」と私達を呼びました。
すると母が「まだお付き合いしたばかりでこんな事きくのもあれなんだけど、○○君、結婚前提と考えて良いのかな。なかなか会う機会も少ないから聞いておきたくて・・」と切り出しました。
彼は、「はい、勿論です。そのご挨拶も兼ねて今回お邪魔させて頂いたので。今すぐは貯金も無いですし難しいですが、いつかは結婚したいと思っています。結婚を前提にお付き合いをさせて頂いてます。お会いできる機会は少ないかもしれませんが、これから宜しくお願い致します。」とはっきりと言いました。
両親もそれを聞いて安心したようで、「こちらこそこれからもどうぞ宜しくね」と涙ぐんでいました。私は嬉しくて嬉しくてたまらなく、半泣きでした。
こうして無事挨拶も済み、「あ?緊張したー!」と彼は安堵し、上機嫌でした。私もそんな彼を見てほっとし、これからずっとこの人と一緒にいようと心に誓っていました。
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